誰からも相手にしてもらえなくなる

現経営者にありがちな心理的要因

意外と思われるかもしれませんが、これまで社長として権勢をふるってきたものの、事業承継を実行し社長職を外れた途端、誰も相手にしてくれなくなるのではといった不安・孤独感を持っている現経営者は一定数存在します。
ただ、このタイプの現経営者は、「誰も構ってくれなくて寂しい」といった言葉を表に出しません。一般的には他の理由(前述のような「まだ早い」とか、「後継者が決まっていない」等の言い訳)が持ち出されることが多いため、なかなか現経営者の本心を見抜けないことも起こりえます。

 一方で、現経営者の本心を見抜いたとしても、「かまってあげるから大丈夫」といった態度をとることは禁物です。なぜなら、こういった態度は逆に現経営者のプライドを傷つけ、かえって意固地になるリスクが高まってしまうからです。

 

事業承継の提案の方向性

ポイントはスローペースな事業承継

 このようなタイプの現経営者に対しては、ここまで築き上げてきた功績を認め、今後もよき経営アドバイザーとして一定の範囲で会社経営に関与してもらうというスキームの提案をすることで、うまく対処できるように思います。例えば、後継者が現経営者に対し、

「後継者として活動していくことにはなるが、まだまだ勉強不足であり正直不安である。今しばらくは助けてほしい。」

といった言葉をかけつつ、

・現経営者の処遇として、最初の数年は共同代表として残ってもらう、その後は代表権のない取締役として残ってもらう、ある程度後継者が育ってきた段階で相談役や顧問に就任してもらいつつ取締役から退いてもらう、といった経営関与の期間をやや長めに取る。
・現経営者が保有する株式について、経営関与期間中は半分または3分の1程度保有してもらいつつ(一定の発言権を与える)、どこかのタイミングで株式を後継者に譲渡する。

といった形で、ややスローペースで事業承継手続きを進めていくことが、うまくいくコツではないかと思います。

執筆者が提案するヒストリーブックの作成とは

 また、このようなタイプの現経営者は、自分の苦労話を聞いてほしいと考えていることが多いように思われます。そこで、執筆者が提案するものとして、会社のヒストリーブック(会社の経営史・経営年表)を作成することを口実にした、その時々に発生した経営上の課題とその対処法を、後継者が現経営者より聞き取る(勉強する)機会を定期的に行うといった方法があります。

たしかに、一種の自慢話や武勇伝のような話になりがちであり、伝説の経営者(例えば松下幸之助氏など)と言われる方々の話と比較すると、見劣りすることは否めません。しかし、事業承継を考えるまでに経営を継続してきたという点では、現経営者にそれ相応の経営手腕があったことも事実です。後継者は虚心坦懐にたとえ1回30分でもいいので話を聞くという態度をとることで、現経営者の会社経営に対する想いを感じ取り、現経営者に信頼してもらうということも肝要なのではないかと考えます。

なお、現経営者の会社経営に対する想いは、意外と従業員にも浸透しています(現経営者が長年経営を行っている以上当たり前といえば当たり前なのですが)。従業員も事業承継については漠然とした不安感を持っていますので、従業員の心をつかむ意味もで、こういった聞き取り作業は重要になるのではと考えるところです。

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

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