事業承継と相続対策

第1 はじめに

 事業承継は、表面上は「事業」の承継ですが、中小企業の場合、事業を担う社長・代表者という「個人」の承継が必然的に関係してきます。このため、中小企業の場合、相続対策を意識しながら対処することになります。
 ここでは、相続対策の典型である、遺言書、生前贈与、売買を解説し、最後に少しだけ民事信託に触れます。

第2 事業承継と遺言書

1.遺言書作成のメリット

事業承継を含めた相続対策として真っ先に思いつくことと言えば、遺言書の作成ではないかと思われます。特に、近時はエンディングノート等のブームもあり、遺言書作成のニーズが年々増加しているようです。
さて、事業承継という場面において遺言書を作成する最大のメリットと言えば、経営に空白期間ができることを防止できること、つまり時間がかかりがちであり、手続きが面倒な遺産分割協議を回避できることがあげられます。
したがって、将来的な憂い・禍根を残すことなく事業承継を行いたいというのであれば、遺言書作成は必須といっても過言ではありません。

2.自筆証書遺言と公正証書遺言の違い

遺言書を作成するに当たっては、一般的に自筆証書遺言と呼ばれる、遺言者が紙に自筆で遺言内容と作成年月日を記した上で押印する形式と、公正証書遺言と呼ばれる、公証役場で公証人に遺言書を作成してもらう形式の2種類が良く用いられます(遺言書の形式として秘密証書遺言も存在しますが、あまり用いられていませんので割愛します)。

どちらの遺言書を作成すればいいの?

法律上、上記2種類の遺言書の形式が認められている以上、どちらであっても問題はありません。しかし、確実性を期すのであればやはり公正証書遺言の方が望ましいといえます。なぜならば、自筆証書遺言については、法律上厳格な形式要件が定められており、その形式要件を満たさないことには法的効力に疑義が生じるため、非常に紛争が生じやすい性質を有しているからです。また、よくあるトラブル事例としては、遺言者本人が自筆したものではない(偽造されている)という主張も出てきたりします。一方、公正証書遺言の場合、公証人という人物を介して遺言書の作成が行われますので、これらの問題は回避できます。遺言・相続トラブルを取り扱う弁護士の立場からすれば、この問題を回避できるだけでも相当違いは大きいと断言できます。
なお、最近では本屋等で遺言書作成キットが売り出されていたりしますので、そのキット通りに作成すれば自筆証書遺言でも問題ないのではという質問を受けたりします。たしかに、ある程度問題は回避できるとは思うのですが、残念ながら勘違いして遺言書“もどき”の作成を行なってしまったがために形式要件を満たしていないという事例も存在します。また、キットで作成しても遺言者本人の自筆であることの裏付けは取りづらい点は変わりが無く、やはり不十分と言わざるを得ません。
たしかに公正証書遺言の作成には費用が発生しますが、費用に見合ったトラブル回避の効果はあるのではないでしょうか。

3.遺言書の作成と限界

トラブルを回避しながら事業承継を進めるためには遺言書作成が必要であると述べてきました。しかし、残念ながら100%トラブル回避できるかというと、それは難しいと言わざるを得ない部分があります。特に以下の2点は如何ともしがたい内容です。

トラブル回避が難しい2つの例

1つ目としては、遺言書を作成した後に、再度新たな遺言書を作成した場合です。この場合、法律上は新たな遺言書の内容が優先されることになります。非常に残念なことですが、オーナー社長が晩年、周囲から吹聴されて遺言書を複数作成する(作成させられる)という事例が少なからず存在します。原則論としては、最新のもの(相続開始日より遡って直近のもの)を優先させることになるのですが、これではスムーズな事業承継ができるのか心許ないところがあります。
この問題については、オーナー社長の強い意思と信念で、安易に遺言書の再作成は行わないことに期待するしかないというのが実情です。
2つ目としては、遺留分の問題です。被相続人の兄弟姉妹を除く相続人については法律上当然に遺留分が付与されています。このため、後継者以外の相続人の遺留分を侵害するような遺言書を作成したとしても、後継者以外の相続人が遺留分侵害を主張した場合、遺言書通りに相続の効果が生じません。
最良の策としては、遺留分侵害が生じないような遺産の分配を検討したうえで、遺言書にその内容を反映させることが対策となります。ただ、遺産の内容によっては将来的な価値変動も有りえますので(オーナーが保有する自社株など)、遺留分侵害が生じないような遺産の分配を予め行うことには限界があります。この場合に備えて事前の策として、遺留分侵害に対応できる代償金支払いができるよう、必要な資金源を確保することも重要となります。典型的には生命保険を活用した資金源確保になります。
なお、遺留分の放棄ができるのではという質問を受けることがあります。たしかに法律上は一定の要件を充足すれば可能です。ただ、その一定の要件が家庭裁判所の許可と定められており、家庭裁判所での判断傾向からすると簡単に許可が下りないのが実情です。また、経営承継円滑化法という法律があり、株式については遺留分侵害の問題が生じないよう措置を講じることも可能となっています。しかし、推定相続人全員の合意が必要であり、一定期間内で行政(経済産業大臣)の確認、家庭裁判の許可を必要とするなどハードルが極めて高く、はっきり言って使い物にならないというのが実情です。

4.まとめ

遺言書作成についてはデメリットもありますが、有るのと無いのとではその後の手続きが全く異なってしまうというのが、個人的な感覚です。スムーズな事業承継を本当に望むのであれば、是非、遺言書の作成をお勧めします。

第3 事業承継と生前贈与

1.生前中に対策を講じる重要性

上記第2では、事業承継対策として遺言書の作成に関し解説を行いました。そして、遺言書を作成するメリットは、オーナー社長の名義である財産(株式や事業用不動産など)について、相続開始後にスムーズに移転ができることに触れました。
このメリットは非常に重要なことです。しかし、遺言書が効力を発生するのは、あくまでもオーナー社長が死亡したときからです。スムーズな事業承継を考えるのであれば、できる限り前倒しで対策を講じること、つまりオーナー社長が生前中に対応することも必要です。そこで、生前対策として検討するのが「贈与」と「売買」となります。
ところで、相続対策としての「贈与」を検討する場合、似たような言葉が出てきますので、ここで簡単にまとめておきます。
 【生前贈与】…対象財産を無償で引き渡す、贈与者と受贈者の合意(=契約)のことをいいます。
 【死因贈与】…贈与者が死亡したとき(相続発生時)に、対象財産を無償で引渡す、贈与者と受贈者の生前合意(=契約)のことをいいます。
 【遺贈】…遺言に基づき、遺言者が“一方的に”対象財産を引渡す法律上の行為のことをいいます。

2.生前贈与と遺留分について

後継者に対して、オーナー社長名義になっている株式や事業用不動産など無償で引渡し、名義変更を行うことが典型的な「贈与」となります。
念のため触れておきますが、法律上は、贈与する金額について上限も無ければ下限もありません。あえて誤解を恐れずに言うのであれば青天井です。しかし、皆様もご存じの通り、贈与“税”の問題がありますので、実際には贈与税による負担額を考慮しながら、贈与の上限額を決めていくことになります。
ところで、贈与する金額について、法律上は青天井であると上述しました。やや混乱させるような話になってしまうのですが、「贈与」という法形式のみで考えた場合、上記説明は正確と言えます。しかし、事業承継対策に必然的につきまとう相続という領域をカバーしながら生前贈与を検討した場合、どうしても「遺留分」について意識しなければなりません。

遺留分を意識しなければならない理由

では、そもそも何故「遺留分」を意識する必要があるのでしょうか。
相続を検討する場合、基本的には死亡時に残っている相続財産を基準に、法定相続分を考慮しながら遺産分割協議を進めることになります。ところで、遺留分の場合、死亡時に残っている相続財産を基準にしません。遺留分算定のための対象となる財産は、次のように過去に行われた贈与も対象として算出されるのです(なお、厳密には当事者間で遺留分侵害を認識しながら行った贈与については年数に関係なく計算する必要がありますが、やや例外的な扱いとなりますので、ここでは省略しています)。

【相続時点での財産】+【相続開始1年以内の生前贈与(相続人以外を対象)】+【相続開始10年以内で特別受益に該当する贈与(相続人を対象)】-【債務】

上記枠内の記載からもお分かりかと思いますが、相続開始時=オーナー社長の死亡時より遡って1年間の間に相続人以外に行われた生前贈与については、遺留分算定のための対象財産となります。一方、相続人を対象とした贈与の場合、相続開始より10年間遡れますが、特別受益に限定されます(なお、特別受益については、とりあえずお小遣い程度では済まない多額の資金援助とイメージしてください)。
遺留分の対象となる財産が増加するということは、遺留分額が増えることを意味します。この点を勘違いして、相続開始(オーナー社長死亡時)時点での相続財産のみを対象として考慮すればよいとして遺留分算定をしてしまうと、後で遺留分侵害であるとして遺産分割協議が揉めてしまい、経営の混乱を招くことに繋がりますので注意が必要です。

3.遺留分侵害の問題を回避するためには?

遺言書を作成する場合と同様、生前贈与においても遺留分の問題は避けては通れない事項となります。では、どういった対策を講じればよいでしょうか。
1つ目は、経営承継円滑化法と略されている法律(正式名称は中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律です)を用いて、推定相続人全員で遺留分侵害にならないことを合意するという方法が考えられます。ただ、推定相続人全員の合意を要求している時点でハードルが高いですし、その他さまざまな要件や手続きが課せられているため、経営承継円滑化法による事業承継対策を講じている企業はかなり低調となっているのが実情です。とはいえ、要件を充足できるのであれば、せっかくの法律ですので利用して損は無いかと思います。
2つ目は、生前贈与ではなく、株式や事業用不動産などを後継者が適正価格で買い取る、つまり売買という手法を講じることです。適正価格の売買である以上、遺留分算定のための×年間にさかのぼって…という問題が生じません。また、特別受益にも該当しません。ただ、これについては後継者の買取資金が必要となりますので、資金の手当てが必要となります。
3つ目は、あえて遺留分侵害になることを覚悟した上で、その侵害分に相当する金銭を支払えるよう予め準備することです。例えば、生命保険などを活用して、オーナー企業が死亡した場合に後継者に対して生命保険金が支払われるようにしておき、その生命保険金をもって買取り資金に充てるといった方策を講じたりします。ただ、保険料負担に耐えられるだけのキャッシュを会社またはオーナー社長が有していることが前提になるという問題もあります。

4.まとめ

贈与税の非課税対象内であるから遺留分侵害の問題は生じないと勘違いしているオーナー社長もおられるようですが、遺留分侵害の問題を検討するに際しては明確に切り分けて検討する必要があります。
したがって、遺留分侵害にならないよう計算しつくされた財産移転方法の実行、万一遺留分侵害の問題が生じる可能性があるのであれば、金銭解決を図るだけのキャッシュの準備という2つの視点を持ちながら対策を練ることになります。

第4 事業承継と売買

1.はじめに

遺言書の作成及び生前贈与では、どうしても遺留分侵害の問題を避けては通れません。そこで、遺留分侵害の問題を回避するための手法の1つである、売買による株式や事業用不動産等を後継者に移転する方法について解説を行います。

2.売買代金の決め方について

民法上の売買の大原則から言えば、売買価格については特段の制限はありません。したがって、いくらでもよい(極端に言えば1株1円など)というのが一応の結論とはなります。
しかし、遺留分の問題を避けるためには適正価格を算定したうえで売買する必要があります。また、課税上の問題もありますので、基本的には税務上の評価額をベースに売買金額を定めることが多いのが実情です。

3.株式売買と贈与の比較

「売買」と前述第3で記述した「贈与」との違いは、事業承継のための株式や対象不動産などを有償で譲り受けるのか、無償で譲り受けるのかというのかという点は直ぐに理解ができるかと思います。では、それ以外にどういったメリット、デメリットの相違が生じるのでしょうか。税務上の問題は、税理士に確認して頂く必要がありますが、主立ったものは次の通りです。

  メリット デメリット
売買 ・適正価格である限り、遺留分侵害の問題が生じない。 ・後継者の購入資金が必要。
・現オーナーについて、売買代金に関する相続対策が別途必要。
・現金や預貯金を売買にて引き渡すことが困難。
贈与 ・株式や不動産などの資産以外に現金や預貯金も引渡し対象とすることが可能 ・遺留分侵害の問題が生じる。
・一般的に相続税よりも贈与税の方が高率であり、納税資金の準備が必要。

ところで、上記のうち「現金や預貯金」の引渡しについて少し触れておきます。ある程度長期的な視野に立って事業承継対策を考えて行った場合、贈与税の非課税枠の範囲内で現金(預貯金から引き出した金銭を含む)を、オーナーから後継者に贈与し、その贈与を受けた金銭で、少しずつ株式等を買い増していくという方法が取られる場合があります。この手法が取られる理由は、贈与という形式をとることで、①後継者の買取資金不足を解消しつつ、②贈与税がかからない範囲であれば特別受益になりにくい、③遺留分侵害の問題が起こるとしても直近1年内の贈与額内に限定されるので大した金額にならない、ということを見越した上での手法といえます。
場合によってはこのような手法をお勧めすることもあり得るのですが、ただ、どうしても綱渡り的な手法であることは否めず、後で実質的には株式や事業用不動産等の贈与ではないかと主張されてしまい、争いになるリスクは残ります。この手法を取るにしても、現金授受の点についてもっと他の理由を付ける、その理由による課税関係はどうなるかといった事項を弁護士と税理士の両名で検証しながら、進めていく必要があります。

第5 民事信託

信託とは、文字通り「(受託者を)信じて、(委託者に代わり、受益者のために財産管理を)託す」ことです。
事業承継を念頭に置いた民事信託の活用例としては、例えば高齢のオーナー社長(委託者)が、事業を承継させたい未成年親族(受益者)のために、信頼している番頭さんや親戚(受託者)に未成年親族(受益者)が事業を継げるときが来るまで財産管理を託し、そのときが来たら事業用財産を未成年親族(受益者)に渡してしまうことを可能にする、といったものが考えられます。
ところで、上記のような例をあげた場合、遺言書を活用することで実現可能では?という質問を必ず頂戴します。たしかに、遺言書を活用することである程度実現することが可能なのですが、決定的に違うのは、
・オーナー社長が生前のときから利用できること(遺言書が効力を有するのはあくまでもオーナー社長が死亡してから)
・オーナー社長(委託者)が生前中に受託者に対して形式的に所有権が移転するとしても、受託者による権利行使に制限を加えることができること(遺言書の場合、生前中に権利行使の制限を加えることは不可能。また、遺言書は権利を誰に帰属させるかしか決めることができない)
・オーナー社長が死亡しても、信託内容は法律上拘束力を有すること(遺言書の場合、受託者に財産を帰属させた後、受託者が受益者に財産を譲渡させることについてまで法的拘束力を及ぼすことができない)
といった点があげられます。
 信頼できる受託者が存在することが最大のポイントにはなってしまいますが、うまく活用すれば、オーナー社長の意思を、オーナー社長が死んだ後でも法的拘束力をもって実現することが可能となる制度でとなります。特に、親族承継や代々世襲している事業などであれば、その活用のメリットは大きくなると考えられます。
また、上記例とは異なりますが、後継者が未定であり、オーナー社長が生前中に後継者を決めることが困難という事例の場合、受益者を相続人全員にしたうえで、受託者に後継者指名権を付与し、指名された後継者へ事業用財産を譲渡させる義務を負担させるといった活用方法も考えられます。

第6 まとめ

 事業承継に関係する相続対策として、代表的なものである遺言書の作成、生前贈与、売買、そして最近注目されている民事信託について解説を行いました。当然のことながら、どの制度も一長一短があります。また、遺留分侵害に代表される他の相続人との関係にも配慮する必要があります。
 このような法務的視点での相続対策は、なかなか税理士さんでは目が届かないものとなりがちですので、事業承継と共に相続対策を行う場合は是非弁護士の活用も考えたほしいところです。

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

関連記事はこちら