事業承継ガイドラインとは

【ご相談内容】

事業承継を準備するに当たり、経済産業省が公表している「事業承継ガイドライン」を読むことが有益であると聞き及びました。

ただ、100頁を超えるボリュームであり、簡単に読めそうな資料ではありません。

要約といいますか、事業承継ガイドラインのポイントを教えてもらえないでしょうか。

【回答】

「事業承継ガイドライン」は行政機関が作成したものであり、内容の正確性及び信頼性が高い資料です。その意味では、事業承継を検討する場合は必ず目を通しておいたほうが良い資料となります。

本記事は、2022(令和4)年3月17日に公表された「事業承継ガイドライン」を執筆者なりに検討し、そのポイントとなる事項を抜き出し整理したものとなります。本記事をお読みいただき、「事業承継ガイドライン」に何が書いてあるのかその概要を掴んでいただければと思います。

なお、本記事では、事業承継の現状等を記載した「第一章 事業承継の重要性」と、事業承継を支援する専門機関を紹介した「第六章 中小企業の事業承継をサポートする仕組み」については省略しています。

事業承継ガイドライン(令和4年3月版)

【解説】

第二章 事業承継に向けた準備の進め方

1.事業承継に向けた準備について

事業承継の準備に際し、5つのステップを実践することが提案されています。

ステップ1:事業承継に向けた準備の必要性の認識

ステップ2:経営状況・経営課題等の把握(見える化)

ステップ3:事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)

ステップ4-1:事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合)

(1)事業承継計画策定の重要性

(2)事業承継計画策定の前に

(3)事業承継計画の策定

ステップ4-2:M&Aの工程の実施(社外への引継ぎの場合)

ステップ5:事業承継・ M&Aの実行

2.事業承継に向けた5ステップの進め方

各ステップごとでの留意点とポイントが記載されています。

ステップ1:事業承継に向けた準備の必要性の認識

事業承継の準備に取り掛かる時期として現経営者が60歳に達した段階が望ましいこと、60歳を超えているのであれば今直ぐにでも支援機関等に相談してほしいことが記述されています。

ステップ2:経営状況・経営課題等の把握(見える化)

現状把握を行うに際し、①会社の経営状況の見える化、②事業承継課題の見える化の2つの視点をもって整理することが記述されています。

そして、①については、決算処理や株式評価、会社と個人の関係性(経営者保証の有無など)はもちろんのこと、行政機関が公表している様々な無料ツール(ローカルベンチマーク、事業価値を高める経営レポート、経営デザインシートなど)を活用することが提案されています。

一方、②については、後継者候補の有無、後継者候補に対する第三者からの異論可能性の有無などを検討する重要性が指摘されています。

ステップ3:事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)

世間一般では事業承継=税金対策と思われている節があり、適切な対策が講じられていないことへの危機感が記述されています。

そして、事業承継が上手くいかない大きな理由として、後継候補者が「事業の将来性」への懸念を示していることを指摘した上で、現経営者は事業の磨き上げを行う必要性を説いています。具体的には、①本業の競争力強化、②経営体制の総点検、③経営強化に資する取り組みの重要性があげられると共に、効率的な実施のために支援機関の協力を仰ぐことの必要性も指摘されています。

なお、業績が悪化している状況下での事業承継に際しては、法的整理(民事再生手続きなど)及び私的整理(事業再生ADRなど)も視野に入れる必要があることが記述されています。

ステップ4-1:事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合)

事業承継の準備を進めるに当たり、事業承継計画の策定が重要であることは言うまでもありません。しかし、事業承継計画書を作成すること自体が目的ではなく、作成プロセスにおける現経営者と後継候補者との協議を通じて経営情報や経営理念の共有を図れること、家族・親族との対話促進につながることがより重要であると説かれています。

なお、事業承継計画の中身ですが、まずは、中長期目標の設定とそれを実現するために必要な具体的な指標への落とし込み、一方で自社の現状分析と今後の環境変化の予測と対応策・課題の抽出を行うことが大前提となります(ここまでは事業計画の策定にあたる部分です)。その上で、今後計画を進行させていくに当たり、事業承継をどの時期に盛り込んでいくのか、事業承継の方法はどうするのか、事業承継を円滑に進めるための課題は何かを整理することがポイントとなる旨指摘されています。

ステップ4-2:M&Aの工程の実施(社外への引継ぎの場合)

詳細については「中小M&Aガイドライン」を参照するよう指摘しつつ、M&Aの工程として、①意思決定、②仲介者・FAの選定、③企業価値評価、④マッチング、⑤交渉、⑥基本合意の締結、⑦デュー・ディリジェンス、⑧最終契約の締結、⑨クロージング(実行)があることが記述されています。

ステップ5:事業承継・ M&Aの実行

資産の移転や経営権の委譲を事業承継計画又はM&A手続きに従って行うことが記述されていますが、一方で、事業承継計画作成段階と実行段階とでは時期的なずれが生じる以上、随時事業承継計画の修正が必要であることが指摘されています。

3.ポスト事業承継(成長・発展)

この部分は、事業承継を行った後、後継者は先代の真似事にこだわる必要はなく、新たな取り組みが期待されること、具体的な取組み事例が記述されています。

4.廃業を検討する場合

可能な限り事業承継に取り組むべきであるが、後継者が見つからない等の理由で廃業を選択せざるを得ない場合、“円滑な廃業”(廃業を決断した経営者が、債務超過等に追い込まれて倒産することがないよう、ある程度経営余力のあるうちに、計画的に事業を終了すること)に向けて準備に取り組む必要性が記述されています。

そして、この準備のためには、①財務状況の把握、②早期の債務整理、③廃業資金の確保、④取引先・金融機関・従業員への説明が特に重要になる旨指摘されています。

なお、廃業後の経営者の生活をサポートする制度として、小規模企業共済制度(退職金)、自主廃業支援保証、行政や商工会議所が設置する相談窓口などがあげられています。

第三章 事業承継の類型ごとの課題と対応策

1.親族内承継における課題と対応策

親族内承継を実行する場合、社長のイスを承継することが最重要課題となることは当然のこととして、金銭面の問題が特にクローズアップされやすい類型とされています。

(1)人(経営)の承継

人(経営)の承継に関する手続きですが、会社形態の場合、代表取締役を後継者に交代すること(会社法上の手続きが必要となることに注意)、株式を後継者に移転すること(贈与、売買など)、株主名簿の名義書換を行うこと、が主だったものとなります。

一方、個人事業の場合、現経営者が廃業届を、後継者が開業届をそれぞれ税務署に提出することで手続きを進めることが多いようです。

上記の通り、手続き自体はさほど難しいものではないのですが、人(経営)の承継の難しさがクローズアップされるのは、その実行前の段階です。

当たり前の話ですが、現経営者が後継候補者を頭の中で思い描いていたとしても、後継候補者が承諾するか否かは別問題です。特に近時では、事象に将来性が無いとして承継を拒否するという事例も目立ち始めています。したがって、まず何より大事なのは、後継候補者との対話であると指摘されています。

後継候補者が事業承継を承諾した場合、次に必要な事項は後継者教育となります。社内・社外のいずれか又は両方を掛け合わせて教育することになりますが、5年以上の教育期間が必要であるとのアンケート結果が示されています。

後継者教育と並行して行う必要がある事項として、親族等との調整及び関係者(従業員、取引先、金融機関)との事前協議が必要であることも指摘されています。ちなみに、株式が親族で分散されている場合や相続による遺産分割の問題を念頭に置いた場合、親族等との調整は早期に行うことが必要不可欠であると記述しています。また、会社に対する将来性への不安を払拭し、モチベーション維持を図る観点から、従業員に対して早期に後継候補者を周知するべきと記述されています。さらに、事業承継を適切に行うことはかえって信用度が上昇するという観点から、取引先及び金融機関に対しても早期に説明を行うことが望ましいことが記述されています。

(2)財産の承継-税負担への対応

事業承継を実行する際、後継者は現経営者より、事業継続に必要な資産等を買取ることになりますが、資産の移転に伴い税金が発生することになります。後継者は買取資金を準備するだけでも一苦労であるところ、追い打ちをかけるように税金でお金を持っていかれるとなると、事業承継の意欲を失うことになりかねません。

この問題を解決するために利用可能な制度として次のようなものがあり、簡単な解説が記述されています。

・暦年課税贈与

・相続時精算課税贈与

・法人版事業承継税制(非上場株式等についての相続税及び贈与税の納税猶予・免除制度)

・小規模宅地等の特例

・個人版事業承継税制(個人事業主の事業用資産に係る相続税及び贈与税の納税猶予・免除制度)

・死亡退職金

なお、いずれの制度も一長一短があること、適用要件が複雑であることから、税理士等の専門家に相談することが望ましいと指摘されています。

(3)財産の承継-株式・事業用資産の分散防止

後継者が会社に支配権を及ぼし、かつ事業用資産を会社事業のために用いることができるよう、株式及び事業用資産の分散を防止することは極めて重要な事項となります。事前対策と事後対策に分類した上で、利用可能な制度は次の通りであり、その概要とポイントが記述されています。

【事前対策】

・生前贈与

・安定株主の導入(従業員持株会、投資育成会社など)

・遺言の活用

・遺留分に関する民法特例

【事後対策】

・買取資金等の調達(経営承継円滑化法による金融支援など)

・自社株買いに関するみなし配当の特例

・会社法上の制度の活用(相続人等に対する売渡請求、特別支配株主による株式等売渡請求、株式併合など)

・名義株の整理

・所在不明株主の整理

(4)債務・保証・担保の承継

中小企業の場合、会社の借入に対して、現経営者が個人で保有する不動産に抵当権を付けていたり、連帯保証になっていたりすることが通常です。また、会社資金が一時的ショートした場合、現経営者が会社に貸付を行っており、それが繰り返されることで会社が多額の負債を抱えている等の実態もあったりします。

これらの問題を確実に解決しない限り、後継候補者も怖くて事業承継できないということになりかねません。

そこで、債務等の整理を行いつつ事業承継を実行するための方策として次のようなものがあることが記述されています。

・経営者保証に関するガイドラインの活用

・事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な施策

なお、廃業時においても経営者保証に関するガイドラインが利用可能であることについても触れられています。

(5)資金調達

前述(2)でも触れましたが、後継者は現経営者より事業継続のための資産を買い取る必要があり、多額の資金を必要とします。

この資金需要を満たすべく、経営承継円滑化法に基づく事業承継時の金融支援について簡単な記述がされています。

2.従業員承継における課題と対応策

従業員承継の場合、親族内承継が適わなかった場合の次善策と認識されているためか、親族内承継と比較すると準備期間が短いという特徴があります。

(1)従業員承継における課題

上記でも記載した通り、準備期間が短いことから、後継候補者の認識不足、役員・従業員の理解が得られにくい、現経営者及び後継候補者の家族より反対される、取引先が納得しない、株式その他事業用資産の買取資金が調達できない等の特有の問題があることが指摘されています。

(2)人(経営)の承継

この点については親族内承継でも記述した通り、代表者を後継者に交代すること(会社法上の手続きが必要となることに注意)、株式を後継者に移転すること(贈与、売買など)が主だったこととなります。

しかし、上記(1)で記載した問題が生じやすいため、様々な利害調整を目的として、承継期間中及び承継後の一定期間は現経営者が経営に関与する場面が多くなってきます。この経営関与の方法の1つとして、種類株式の活用が提案されています。また、経済産業省が公表している「中小PMIガイドラン」が従業員承継の場合も参考にできる旨指摘されています。

(3)後継者による資金調達(MBO・EBO)

従業員承継の場合、現経営者から何らかの資金援助(生前贈与、生命保険の活用、相続による事業用資産以外の取得など)が期待できない以上、後継候補者自らが資金を準備し、株式その他事業用資産を買い取る必要があるのですが、この資金調達が非常にネックになっています。

方法論として、金融機関からの借入れ(なお、経営承継円滑化法に基づく金融支援を含む)、後継候補者の役員酬の引上げ、会社からの借入れなどが考えられますが、近時はファンドやVCより投資を受けMBO・EBOを実行する事例があることが紹介されています。

(4)株式の分散の防止

これについては親族内承継における記述が該当する旨指摘されています(本記事では上記2.(3)を参照)。

(5)債務・保証・担保の承継

親族内承継でも問題になりますが、現経営者による個人保証等の処理方法については、従業員承継の場合、さらに大きな課題として浮かび上がってきます。

特に現場感覚の話となりますが、金融機関は「なぜ親族内承継ではなく、従業員承継なのか」という認識をまだまだ持ち合わせており、親族内な承継の場合以上に交渉が難しくなる傾向があるように思います。

なお、対処法としては、やはり親族内承継における記述が該当する旨指摘されています(本記事地では上記2.(4)を参照)。

3.社外への引継ぎ(M&A)の手法と留意点

最近増加傾向にある事業承継の方法となります。M&Aを仲介する会社も多数存在することから、最初から社外への引継を選択肢として考慮する現経営者も増えてきているようです。

なお、ガイドラインでは譲渡側視点に立った解説であり、必要に応じて経済産業省が公表している「中小M&Aガイドライン」を参照するよう指摘しています。

(1)譲渡側にとっての留意点

次の3点を留意事項として記述しています。

・早期判断の重要性(譲受側が直ぐに見つかる保証はないこと、時間経過に伴う会社価値毀損による実現不可能リスクの増大など)

・秘密保持の徹底(情報漏洩によるトラブルでM&A手続きが頓挫するリスクなど)

・M&A手続進行上の留意点(手続きや求められる知識が複雑であるため、現経営者1人で手続きを進めようとしないことなど)

(2)M&Aの手続

M&A手続きを、①事前準備(見える化、磨き上げ)、②実行③ポストM&A(実行後のPMIなど)の3段階に分類した上で、①については「第二章 事業承継に向けた準備の進め方」を参照するよう指摘しています。

②については、実行段階につき細分類化した上で、各段階で現経営者が支援を仰ぐべき相談相手は誰かが記述されています。

③については、経済産業省が公表している「中小PMIガイドラン」を参照するよう呼び掛けています。

(3)社外への引継ぎ(M&A)の代表的な手法

ここでは、代表的な手法として4点記述されています。なお、中小企業のM&Aの場合、執筆者個人の感覚からすれば、大部分は株式譲渡又は事業譲渡が用いられているように思います。

・株式譲渡(譲渡側が保有する株式全部を譲受側に売渡す方法。なお、通常は売買実行前に、譲渡側において分散した株式を集約し100%保有する状態にします)

・事業譲渡(譲受側が希望する事業用資産(有形・無形を含む)を個別に売渡す方法)

・合併(組織再編の1つであり、譲渡会社の全事業に関する権利義務を譲受会社が包括的に承継する一方、譲渡会社は消滅させる方法)

・会社分割(組織再編の1つであり、一事業に関する譲渡会社の権利義務を譲受会社が包括的に承継し、譲渡会社は残存する事業の範囲内で存続する方法)

(4)支援機関への相談

上記(1)でも触れましたが、協力機関の支援を仰ぎながらM&A手続きを進める重要性が説かれています。

(5)譲受側による資金調達

譲受側は買取資金など資金が必要となることは当然なのですが、譲受側も諸々費用が必要となります。例えば、株式を集約する際の買取費用、協力機関から支援を得るための費用、M&A仲介会社を用いているのであれば仲介手数料などが代表的なものです。

この資金需要を満たすための方法として、金融機関からの借入れが一般的であると指摘しつつ、経営承継円滑化法に基づく金融支援も検討可能であることが記述されています。

第四章 事業承継の円滑化に資する手法

事業承継を進めるにあたっては、様々な課題を解決していく必要があるのですが、特定課題を解決するための手法の一部が記述されています。

1.種類株式の活用

種類株式には様々なものがありますが、事業承継の場合に用いられるのは拒否権付株式が多いと考えられます。拒否権付株式とは、一定の決議事項については多数決原理が排除され、拒否権付株式を保有する株主の承認を得ない限り決議ができないとするものです。

事業承継を実行したものの、何らかの理由で従前の経営者が経営権を保持する必要がある場合に、当該経営者に拒否権付株式を発行する、といった利用が考えらえます。

(1)種類株式の概要

ここでは会社法第108条に定める種類株式の概要について記述されています。

なお、種類株式と似て非なる制度として属人的株式(株主ごとで異なる取扱いをするもの)についても紹介されています。よくあるパターンとしては、従前の経営者は1株しか保有していないが、その1株は100議決権と定めておくことで、一定の決議事項に対して影響力を及ぼすというものがあります。

(2)事業承継における種類株式の主な活用方法

上記1.の頭書にて、事業承継で用いられる代表的な種類株式である拒否権付株式を記述しましたが、それ以外にも次の3種の株式が記述されています。

・議決権制限種類株式(例えば、後継者に普通株式を、現経営者の相続人には無議決権株式を承継させることで、後継者以外の者が会社経営に口出しできないよう対処しつつ、株式を後継者に集中させることで懸念される遺留分対策を同時に講じる目的で用いられることがあります)

・配当優先種類株式(例えば、優先的に配当が受けられるようにすることで、無議決権株式を承継した者の不満を抑える目的で用いられることがあります)

・取得条項付種類株式(例えば、現経営者の相続が発生した場合、会社は、現経営者から承継した株式を保有する相続人より強制的に買い取ることができるようにすることで、相続による株式分散防止目的で用いられることがあります)

(3)種類株式の導入手続

法律上の手続きとしては株主総会の特別決議を経て、定款変更手続きを行う必要性があることが指摘されています。

なお、想定する種類株式が会社法上適法性を有するか、登記可能か(種類株式の発行は登記事項です)、種類株式の発行・承継によりいくら課税されるのか等々の専門知識が必要であることから、専門家との相談を推奨しています。

2.信託の活用

信託法が改正されたのは2006年なのですが、少しずつ認知されるようにはなってきたものの、まだまだ十分に浸透しているとは言い難い制度となります。

なお、事業承継で用いる場合の信託は「民事信託(家族信託)」と呼ばれるものであり、商事信託(信託銀行等が取扱う商品のこと)ではありません。

(1)信託の概要

信託を理解する場合、三当事者が存在することをまず押さえておく必要があります。

まず、「委託者」とは、信託の対象とする財産の元々の所有者で、信託を設定する人のことをいいます。「受託者」とは、信託により信託財産の所有権を取得しますが、委託者の指示のみに従って信託財産を使用・収益・処分できるにすぎない人のことをいいます。「受益者」とは、信託財産から生じる利益を受ける人のことをいいます。

次に、契約関係ですが、信託財産の管理処分の合意内容である信託契約は、委託者と受託者のみで行います。受益者と合意するわけではありません。

上記2点をまずは押さえておいてください。

(2)信託の種類と事業承継における機能

信託を利用した事業承継の手法として、次の3つの事例が紹介されています。

・遺言代用(型)信託(現経営者の生前に株式を後継者に信託譲渡し、議決権は引き続き現経営者が保有しつつ、現経営者が死亡した場合に議決権が確定的に後継者に移転するというもの)

・議決権指図型信託(現経営者の生前に株式を後継者に信託譲渡し、議決権行使のための指図権を現経営者が保有するというもの。遺言代用型信託との違いは、議決権を行使する者は後継者にあるという点となります)

・後継遺贈型受益者連続信託(株式を信託財産と定め、その承継先を信託にて定めることで、後継者の次の後継者、次の次の後継者…と後継者指定ができるもの)

(3)信託の利用方法

信託は比較的新しい制度であり、法務(登記を含む)・税務の実務運用が固まっていないところがあります。このため、専門家との相談が推奨されています。

なお、遺言と遺言代用型信託との相違ですが、遺言は相続後の財産の帰属のみしか指定できないが、信託であれば財産の帰属のみならず、その財産の使用収益方法まで指定できるという点がポイントとなります。

3.生命保険の活用

(1)事業承継における生命保険の活用

事業承継を目的とした生命保険商品が多く存在しますが、税務上の取扱いに留意する必要があること、税務上の取扱いについて改正が頻繁にあることへの注意喚起が記述されています。

(2)資産の承継における生命保険金の活用

経営者が死亡した場合の死亡保険金は、相続税の計算上特別の非課税枠があるため、保険金の受取人にとってはまとまった資金となります。また、死亡保険金は原則的には遺産分割の対象外となり、遺留分侵害にもならないため、受取人が自由に利用可能な資金となります。

このような性質を活かし、相続税の納税資金あるいは後継者による株式買取資金に充当する目的で生命保険が利用されていることが記述されています。

(3)生命保険のその他の活用方法

死亡保険金の受取人を会社とすることで、相続人より株式を買取るに際して生じる費用に充当する方法が紹介されています。

また、特に個人事業主の場合に当てはまるのですが、経営者死亡により銀行口座が凍結された場合の一時的なキャッシュ不足を補完することを目的として、死亡保険金を利用するといった方法も紹介されています。

なお、死亡保険金の事例ではなく、事業承継後の現経営者の生活資金に充当するために年金型保険に加入するといった事例も紹介されています。

4.持株会社の活用

現経営者が保有する株式を後継者個人ではなく、受け皿会社(なお、受け皿会社の株主は後継者)に譲渡することで、相続財産の対象から株式を外す(相続対象となるのは株式売買により得られた現金)という方法が用いられることがあります。

なお、これについては後日税務上の問題点が指摘されるなどして、かえってキャッシュアウトが生じたという事例も存在する旨注意喚起がなされています。

第五章 個人事業主の事業承継

1.個人事業主の事業承継における課題と対応

基本的な考え方は会社形態と同様である旨の指摘がなされているものの、どこまで行っても現経営者という「個人」が表に出てくるため、特有の問題が生じることが記述されています。

(1)人(経営)の承継

手続き的には、現経営者が廃業届を提出し、後継者が開業届を提出すれば終了です。

しかし、従業員・取引先・金融機関等は全て現経営者「個人」との信頼に基づき関係を構築しています。この個人を引き継げる者となると、現経営者の実子などの親族しかいないのが実情です。

もっとも、昨今では親族が承継を拒絶することが多くなってきています。

そこで、事業の魅力や将来性などを丁寧に後継候補者と説明・協議しつつ、取引先等との調整を図る重要性が説かれています。

(2)資産の承継

事業用資産は現経営者の個人名義である以上、相続により事業用資産が分散化し、究極的には事業用資産を用いることができないリスクが常に潜んでいることになります。

そこで、遺留分に配慮しつつも早期の生前贈与や遺言書の活用が提案されています。

なお、小規模宅地等の特例や個人版事業承継税制の積極的な利用にも言及されています。

(3)知的資産の承継

ここでいう知的資産は、知的財産権に限られるものではなく、許認可、取引先との信頼関係、現経営者の頭の中にあるノウハウ等のあらゆるものが含まれています。

これらをどのように承継させていくのかが課題であるとの指摘がされています。

(4)個人事業主における社外への引継ぎ(M&A)

親族内承継が難しい場合、M&Aによる事業承継を検討することになります。

この場合において、中小機構が設置している後継者人材バンクの利用、民間会社が提供する個人版M&Aの利用等につき記述されています。

 

<2022年8月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。