株価対策を同時に行い、会社の価値を高める

後継候補者への株式集中を前提にした株価対策の代表例

 後継候補者への株式集中を前提にした株価対策の代表例として、①現経営者へ役員退職金を支払う、②持株会社を設立する、③従業員持株会を設置する、④投資育成会社を利用する、⑤生命保険を活用する、といったものがあります。

 ご存じの通り、株価対策を行う目的は、後継者の負担をできる限り少なくすることで、現経営者が生存している間に後継者に対して、早期かつ確実に株式を取得させるためです。しかし、株式の価値を低減させるということは、逆に会社の企業価値を低減させることに他なりません。会社の企業価値が低減するとなると、たとえば金融機関からの新規借り入れや継続融資などに悪影響が及びます。また、新規取引先を開拓しようにも与信審査で取引見送り(破談)ということもありうる話です。

 上記のような一般論以外のも、①から⑤の対策については、例えば次のような点に注意が必要となります。

 

①現経営者へ役員退職金を支払う

 まず①についてですが、会社が保有する(内部留保する)現金を流出させることになります。そして、現経営者への退職金ですので多額になりがちであり、しかも一括での支払いとなると財務バランスが大きく崩れることになります。特に、金融機関からの借入れ等がある場合には、金融機関に事前に相談及び了解を得てから実行しないことには新たな融資に支障が生じる等の問題もありますので、注意が必要です。

②持株会社を設立する

 ②については、よく見かけるパターンとして、事業会社と統括会社とに分けた上で、事業会社の株式を統括会社が100%保有しつつ、後継候補者に対しては統括会社の株式を譲渡するというものがあります。結局のところ、事業会社と統括会社との間で会社の財産をどのように切り分けていくのかがポイントとなります。この辺りについては税理士や会計士の方々が関与することが多いのですが、弁護士視点としては、会社を会社分割や事情譲渡等で分けていった場合、取引先とのCOC条項違反とならないか(取引が継続できるのか)、許認可は承継できるのか、不動産等の名義変更に伴う過分な費用が発生しないか等々に注意が必要であることを指摘できるかと思います。

③従業員持株会を設置する

 ③についてもよく見かける内容ではあるものの、ただ形式的には従業員持株会が株式を取得することになりますので、後継候補者への株式集中という目的とはやや外れるところが出てきます。場合によっては、従業員持株会が後継候補者と敵対する可能性があることも想定しながら、株式保有バランスを含め制度設計を行う必要があります。

④投資育成会社を利用する

 ④については、投資育成会社が了承してくれるのかという根本問題がありますが、投資育成会社に対する新株発行など細かな法律上の手続きを実行する必要がある点で、やや専門的な話になりがちです。また、投資育成会社が株式を保有する以上、後継候補者に株式が集中するわけではないことにも注意が必要となります。なお、投資育成会社を利用する場合、金融機関(メインバンク)も関係してくることが多いので、金融機関との事前交渉も必須となります。

⑤生命保険を活用する

 最後に⑤については、現経営者の年齢や健康状態によっては、加入可能な生命保険が相当数絞られてしまう(場合によっては加入ができない)ことが課題となってきます。また、この種の生命保険の場合、長期加入を前提としないものが多いため、生命保険料として一時的に多額の現金支払いを余儀なくされることも特徴となります。したがって、キャッシュに余裕のある会社のみしか活用できないという問題があります。

株価対策については上記のようなものが代表例として有りますが、後継候補者へ株式を集中させる方法としては、「後継者へ自社株式の暦年贈与を行う」、「相続時精算課税制度を利用して、後継者へ自社株式を贈与する」、といった方法が考えられます。

 前者についてですが、贈与税に関する現行法を踏まえると、110万円を超えると贈与税が発生することは一般的によく知られています。このため、株価が高額であれば少数の株式しか贈与することができず、なかなか後継候補者に株式の集中を図ることができないという難点があります。また、株式を後継候補者に贈与しただけでは当然に株式評価額に変動が生じるという訳ではありません。

 また、後者については、相続が発生したときの相続税の負担を軽減(将来へ繰延べ)する制度であり、後継候補者が相続人である場合は恩恵があります。しかし、この税制を利用するためには現経営者が生存中に必要な手続きを行うことが大前提となります。また、あくまでも相続発生時の相続税の負担軽減策となりますので、株式評価額に直接的な影響をもたらすものではありません。

 以上の通り、両手法は株式集中策にはなりえても、株価対策にはなりえないことに注意が必要です。

 事業承継においては、株価対策と会社の企業価値のバランスを図ることが必要不可欠です。この2つの視点を考慮しつつ、企業経営に支障がないようにするには、早期の事業承継のための準備が必要です。

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

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