「事業承継の課題」と「解決策」を中小企業の事業承継に精通した弁護士が解説!

目次

1. 事業承継の実態
2. 類型別にみる事業承継の課題
 (1)親族内承継の課題
 (2)役員、従業員承継(親族外承継)の課題
 (3)第三者承継(M&A)の課題
3. 事業承継の課題解決のための相談先
 (1)税理士・公認会計士
 (2)金融機関
 (3)商工会議所及び公的機関(事業引継ぎ支援センターなど)
 (4)M&A仲介会社など民間事業者
4. 事業承継の課題解決に向けて

1. 事業承継の実態

 2017年(平成29年)、中小企業庁は、中小企業の経営者のうち最も割合が高い年齢層が66歳であるという実情と共に、「6割が後継者未定であること」、「高齢化が進むと企業の業績が停滞する傾向にあること」、「70代の経営者でも承継準備を行っているのは半数にすぎないこと」を公表し、事業承継の準備が進んでいないとして強い危機感を示しました。

そして、中小企業庁では、事業承継5か年計画(中小企業の事業承継に関する集中実施期間について)を公表し、2021年(令和3年)までに「地域の事業を次世代にしっかりと引き継ぐとともに、事業承継を契機に後継者がベンチャー型事業承継などの経営革新等に積極的にチャレンジしやすい環境を整備」するという目標を掲げました。

 さて、2021年(令和3年)3月5日、日本商工会議所は「『事業承継と事業再編・統合の実態に関するアンケート』調査結果」を公表しました。商工会議所の会員企業を対象とした調査結果であるため、企業属性が一定程度絞られることになりますが、上記中小企業庁の目標とを比較すると、次のように整理することができます。

【後継者未定に関する動向】

・後継者が決まっていない企業は約5割であること
・中でも後継者候補が全く見つかっていない企業は約2割を占めること

【高齢化と企業業績に関する動向】

・直近決算期において、社長就任後30年以上の企業で黒字達成しているのは約5割であること
(社長就任後10年未満の企業では約6割)
社長就任後30年以上の企業が、一番赤字に陥る割合が高いこと
(※一方で、後継者不在企業のうち、約7割は赤字ではないとされています)

【承継準備に関する動向】

・後継者への事業承継完了予定時期について、約半数は5年以上・未定と考えていること
・コロナ禍の影響で売り上げ減少している企業ほど、事業承継時期を後ろ倒しにする傾向があること

 日本商工会議所が公表したアンケート結果を踏まえる限り、2017年(平成29年)に中小企業庁が掲げた5ヶ年計画については達成道半ばと言わざるを得ません。そして、2020年(令和2年)頃に団塊経営者の大量引退時期が到来するとされている以上(中小企業庁の上記資料)、ますます積極的に事業承継対策を行う必要があります。

しかし、2020年(令和2年)に突如襲った新型コロナの影響もあり、事業承継の実行に躊躇する経営者が今後も増加すると予想されます。

 以上のことから、本記事執筆時点(令和3年5月執筆)では、思うように事業承継が進んでいないのが実態と考えられます。
なお、上記日本商工会議所のアンケート結果によれば、59歳以下の経営者と59歳以上の経営者とを比較すると、コロナ禍においても新しい取り組みを行っている率が10ポイント以上の差がでており、前述の通り、30年以上社長が交代していない企業が一番苦境に陥っていることからすると、中小企業の事業再生の切り札として、事業承継の促進が重要になっているといえるのではないでしょうか。

 

2. 類型別にみる事業承継の課題

 事業承継には、親族内承継、役員・従業員承継(親族外承継)、第三者承継(M&A)の3つの類型があります。
この点、上記の日本商工会議所のアンケート結果を踏まえる限り、親族内承継の実施が圧倒的に多いものの、徐々に低下する傾向がみられ、2010年以降は親族外承継が2割を占めるまで増加しています。
また、近時はM&A仲介会社の活動が活発になっており、M&Aによる事業承継も増加傾向にあります。
 以下では、類型別ごとの課題を検討します。

(1)親族内承継の課題

 上記の日本商工会議所のアンケート結果によると、一番の課題として指摘されているのが後継者への株式譲渡とされています。
そして、株式譲渡を行う際の障害になっている事由として、「譲渡の際の相続税・贈与税が高い」ことがあげられています。

事業承継と税金対策は切っても切り離せない問題であるところ、残念ながら一時に抜本的に解決できる策は存在しないのが実情です。
税金対策は専ら税理士に相談しながら行うことになりますが、節税目的や株式評価対策の1つとして、一般社団法人を設立し株式を信託譲渡する等のやや複雑なスキームを構築する場合、税務面のみならず法律上の問題点をクリアーしないことには、後々別のトラブルを抱え込むことになります(典型的には遺留分侵害の問題)。
したがって、弁護士にも相談しながら手続きを進めることが望ましいと言えます。

次に、日本商工会議所のアンケート結果では、株式譲渡を行うに際して障害となっている他の事由として、「現経営者が引退後も株式を保有しておきたい」ことがあげられています。
この問題は現経営者と後継者との利害が大きく対立するものであり、双方の言い分も一定の合理性を有するだけに解決を図ることが難しい問題にもなっています。
双方の利害関係を考慮しつつ、あるべき落しどころを見出すのは弁護士の得意分野と言えますので、弁護士と相談しながら対策を講じていくのがベストであると考えられます。

さらに、日本商工会議所のアンケート結果にある株式譲渡を行うに際しての障害事由のとして、「株式が分散しており集約できない」ことも指摘されています。
例えば、会社法が施行される前に平成18年以前に設立された会社であれば、発起人が7人以上必要とされていた関係上、名義貸しが横行していた等の事情もあり、実質的な株主は誰なのかを探索するだけでも高度の法的知識と判断が必要となります。
また、少数株主から友好的に株式を買取るのか、それとも程度の差はあれ強行的に株式を取得するのか、状況に応じて様々な選択肢を組み合わせかつ駆使して株式集約手続きを進める必要があり、これは法律の専門家である弁護士ではない限り、対応することが難しいのが実情です。
したがって、株式が分散していることが分かっているのであれば、とにかく早めに弁護士と相談して対策を講じていくことが重要となってきます。

(2)役員、従業員承継(親族外承継)の課題

親族外承継においても、上記の日本商工会議所のアンケート結果を検討する限り、後継者への株式譲渡が課題になると考えられます。そして、株式譲渡を実行するに際しての障害事由は、「後継者に株式買取資金がないこと」があげられています。

株式買取資金については、
 ①新たに融資を受けるなどして資金調達を行う
 ②後継者の手が届くまで株式評価額を下げる
といった2つの方法を組み合わせながら行うことになります。

まず①については、銀行から融資を受けるのであればその取引条件を整備する必要があること、会社が資金融通するのであれば、内部的な適正手続きの実施はもちろんのこと、実質的な自己株式取得の潜脱にならないのか等の検証が必要になります。
したがって、適宜弁護士と相談しながら、対策を実行することが無難です。

一方②についてはある程度税務対策と重複することになるため、税理士と相談しながら進めることが多いかと思いますが、例えば投資育成会社に対して新株発行を行うことで自社株評価を下げるといったスキームを用いる場合、新株発行手続きを適法に進める必要があること、投資育成会社との契約内容を精査する必要がある等の法律問題を避けて通ることは出来ません。
したがって、やはり弁護士に相談しながら対策を進めていったほうが安心と思われます。

 なお、日本商工会議所のアンケート結果を検討すると、他にも後継者への株式譲渡の障害事由として「後継者が株式買取を拒んでいる」というものがあげられています。
これは候補者が後継者となること自体は受け入れてはいるものの、いざ事業承継を進めるに当たり、株式の買取資金を捻出するために新たに借金を抱えることを嫌がったり、会社の連帯保証を引き継ぐことに抵抗するといった、事業承継の実行によって生じる経営者責任を受け入れる決断ができていないといった事情も一要素ではないかと、執筆者個人は推測しています。
ある程度は説得と納得の問題にはなってしまうのですが、弁護士が客観的に物事を説明し、後継者の不安や疑問に答えることで、後継者の決断を促進できる場合があります。
弁護士の利用方法として、こういったやり方もあることを知っておいてい頂ければと思います。

(3)第三者承継(M&A)の課題

 第三者承継(M&A)について、上記の日本商工会議所のアンケート結果によれば、一番の課題は「買収金額」であると指摘されています。
これは買主視点での課題になるのですが、この買収金額については、買収先に対する支払額(株式譲渡であれば株式売買代金、事情譲渡であれば事業買取代金)よりも、執筆者がよく聞く話としては、M&A仲介業者への紹介手数料やデューディリジェンス費用等のM&A手続きを進めるに際して付属的に発生する費用が予想外に多かったというものがあります。
これらのM&Aに付随する費用は、ある日突然発生する費用ではなく、M&A手続きを進めるに際して予め開示されているはずなのですが、買主は売主の事業内容や将来性・継続性を見極めるために全精力を注ぐためか、意外と見落としがちです。
弁護士等を含めた外部専門家による概算費用の算出などを行ってもらうことも検討したほうが良いかもしれません。

 次に、売主視点で課題になるとすれば、「経営陣や従業員の維持・処遇」になると考えられます。
すなわち、現経営者(売主)は事業を売却することで、M&A対象となる企業から身を引くことになり、経営に関与することができなくなります。
一方、買主からすれば、買主が新たな経営者になる以上、買主なりの経営方針や営業施策等にて経営を行おうとするはずであり、この結果、残った従業員等の賃金体系を含む労働条件等の変更も将来的には有り得る話となります。
そこで、現経営者(売主)は、今後も残り続ける従業員等を慮って、買主に対し不合理な扱いをしないよう要請し、何らかの交渉を行うことが通常です。
売主と買主とで利害が対立しやすい問題であるため、なかなか一筋縄ではいかないことも有るのですが、交渉の進め方や落とし所を含めた勘所については、交渉戦術に長けた弁護士と相談しながら進めるのが有用と言えます。

 

3. 事業承継の課題解決のための相談先

 別記事で詳しくまとめていますので、ここでは簡易にまとめておきます。

(参考)事業承継の相談は誰にすべきか?ケース別の相談先&事例を解説!

(1)税理士・公認会計士

 上記2.の「類型別にみる事業承継の課題」でも触れた通り、事業承継と税金対策は切っても切り離せない問題です。したがって、相談先として税理士・公認会計士を選択することは当然であり、むしろ必須と言っても過言ではありません。

 ただ、顧問税理士(公認会計士)が適当かと問われると、やや悩みどころです。
なぜなら、顧問税理士(公認会計士)の場合、税務署に報告するための経理処理については対処可能であるものの、相続税や贈与税などの資産税処理は慣れていない税理士・公認会計士も相当数存在するからです。
顧問税理士(公認会計士)に事業承継問題を相談してもよいのか確認し、取り扱っていない等の回答があった場合は、事業承継問題に詳しい税理士・公認会計士を紹介してもらう(あるいは自分で探す)といった対応が必要となることも認識しておいたほうがよいかもしれません。
なお、一応触れておきますが、事業承継問題に対応するためにあえて顧問税理士(公認会計士)を変更する必要性まではないと考えられます。

次に、相談先として税理士・公認会計士を選択するとしても、事業承継問題の全てを税理士・公認会計士にお任せしても大丈夫という訳ではありません。
執筆者も複数回、法律上の手続きが適切に実行されていないため、色々と問題が生じかねないという事業承継の事例を見聞しています。
法律上の手続き問題についてまで、税理士・公認会計士がすべてカバーできるかというと、なかなか難しいのが実情です。

したがって、税理士・公認会計士以外の相談先の確保が必要となることに注意が必要です。

(2)金融機関

 事業承継を行うということは経営者の変更を意味します。そこで、経営者の変更に関するご挨拶と引き続きの関係性維持を図る目的なども兼ねて、金融機関を相談先として選択することは十分ありうる話です。
また、事業承継に伴い連帯保証人の変更問題、事業承継に際して必要となる株式買取のための融資申請等もあることからすると、むしろ金融機関と相談する必要性もあります。

 ただ、金融機関はその性質上、事業承継問題について、例えば手続きを代わりにやってくれる等の支援までは行ってくれません。
また、一般的なアドバイスは行ってくれることも有りますが、各社の実情に応じた個別具体的なスキーム策定等の業務までは行ってくれません。
こういった手続き代行やスキーム策定等となると、金融機関からは、専門家を紹介するのでそちらに依頼してほしいと言われてしまうことが通常です。
 したがって、相談する必要性はあるものの、最初の相談先として適切と言えるかはやや微妙なところがあります。

(3)商工会議所及び公的機関(事業引継ぎ支援センターなど)

 商工会議所は事業承継問題への対応に力を入れ始めています。また、事業引継ぎ支援センター等はまさしく事業承継問題に対処するために設立された公の機関です。
 したがって、相談先として選択することは間違いではありません。
 ただ、上記の金融機関と同じく、手続きの代行や個別具体的なスキーム策定まで対処してくれないことが通常です。手続き代行等を依頼した場合は、やはり別の専門家の紹介を受け、当該専門家に依頼するよう案内されます。

相談先が見つからない場合やセカンドオピニオンを求め、中立公平な観点から事業承継の相談に乗ってもらうという意味では、選択する価値は十分にあると考えられます。

(4)M&A仲介会社など民間事業者

 事業承継問題に取り組む民間事業者は最近増加傾向にあるとされています。このような民間事業者に相談することも選択肢としてはあります。

ただ、多くの民間事業者は、いわゆるM&Aの仲介会社です。このため、事業承継の類型のうち、第三者承継(M&A)については適切なアドバイス等を受けられると予想されますが、親族内承継や役員・従業員(親族外)承継を検討する場合は畑違いと言わざるを得ず、むしろ相談先としては不適切となります。
また、第三者承継(M&A)につき民間事業者を通じて行う場合、仲介手数料等の報酬が思った以上に負担となるといった利用者の声も漏れ伝わるところです。

 事業は残したい、しかし後継者が見つからないという場合は、相談先として利用できるかと思いますが、子供や役員等の後継(候補)者がいる場合は、果たして民間事業者の取扱業務なのかを含め事前に調査した上で、相談策として適切かを判断することになります。

 

4. 事業承継の課題解決に向けて

 上記3.ではあえて触れていませんが、事業承継の相談先の1つとして、弁護士があることも触れておきます。
 これまでに何度か指摘しましたが、事業承継を実行するためには色々な手続きを適切に実行する必要があります。
例えば、株式を集中させ後継者に譲渡する場合、現在の名義人は本当に株主と言えるのか、少数株主が株式売却に難色を示した場合の対抗策はあるのか、株主総会決議等の社内手続きは履行できているのか等々の法律上の規制を遵守する必要があります。
ただ、残念ながら、これらの手続きに不備があることもしばしば見受けられます。親亀こけたら皆こけた…ではありませんが、1つの手続きの不備が事業承継全体の不備につながり、事業承継手続きをこれ以上進めようがない(一からやり直し)といった、泣くに泣けない事例もあったりしますので、適正手続きの実行は決して疎かにしてほしくないところです。

 また、後継者指名に当たり経営支配権争いが生じた、事前の事業承継対策が未了のまま社長が死亡し相続紛争になってしまった、遺留分侵害を指摘された等のトラブルとなった場合は、自己流で対処するのではなく、必ず弁護士に相談するべきです。

 たしかに、最初に相談するべき相手として弁護士をイメージする方は少ないかと思います。
しかし、安全確実な事業承継対策を実施したいのであれば、トラブルを回避するための方法まで見据えて事業承継スキームの構築を図るべきです。
是非、事業承継を検討するに際しては、弁護士も相談先の1つとして検討していただければと思います。

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。