なぜ事業承継は問題になっているのか?中小企業の事業承継問題に詳しい弁護士が解説!
1.事業承継が問題となっている背景
数年前より指摘されていますが、日本では中小企業が圧倒的多数であるにも関わらず、その中小企業の廃業増加に歯止めがかからないこと、これが背景事情となります。
中小企業が減少するということは、マクロ視点で言うと日本という国自体が衰退局面になると言い換えることもできます(なお、ミクロ視点では、働き口が減る、地域や利用者の特性に応じたサービスが提供されなくなる、革新的な事業が生まれなくなるなど様々なことが指摘できます)。
国自体が衰退する以上、個々の国民の貧困化が進むのはある意味当然であり、非常に由々しき事態と言わざるを得ません。
このため、行政(国)も事業承継について積極的に支援を行う必要性があると考えているのです。
上記のように書くと、少し遠い話のように聞こえてくるかもしれません。
しかし、事業承継が行われないことによって、
・勤務している従業員の今後の生活はどうなってしまうのか
・自社を頼りにしている取引先はどうなってしまうのか
・そして何より経営者とその家族は今後どうやって生きていけばよいのか(収入面もさることながら負債処理をどうするのか)
等々、自分の身の回りにいる人たちのことを考えれば、かなり切羽詰まった問題であると認識することが可能かと思います。
つまり、事業承継は、企業の経営者であるが故の責務であると共に、自らの利害に関係する事柄なのです。
2.事業承継問題の現状
これについても数年前より指摘がされていますが、1つは「後継者確保の困難化」というそもそも論の問題、もう1つは「親族外承継の増加」による事業承継のビジネスライク化(一部事業のみ承継され、残りの事業は捨てられてしまう等)の発生が現状となります。
「後継者確保の困難化」と「親族外承継の増加」
後継者確保の困難化は、中小企業の経営者の高齢化の問題と裏返しの問題と言えます。
そして、後継者確保の困難化の要因は、親族承継(典型的には経営者の子供への承継)や従業員承継が難しくなってきていることにあることからすると、親族外承継が増加することも当然の流れといえます。
ただ、現実的にはたとえ親族外承継であっても事業承継自体ができれば御の字であり、事業承継が成立せず廃業に至ることの方が多いというのが実情だと思われます。
3.経営者が抱える事業承継の3つの問題
事業承継を難しくする外的要因として「後継者確保の困難化」があること、前記に記載した通りです。
しかし、執筆者が経験する限り、実は内的要因、すなわち経営者の主観的事情の方が事業承継を難しくしているように思います。
執筆者が考える内的要因に起因する3つの問題とは次のように整理できます。
①事業承継のことを考えたくない
②事業承継に焦りを感じるが対処しきれない
③実は廃業したい
①事業承継のことを考えたくないケース
①のように考えてしまう原因は色々あります。
執筆者個人の経験談を踏まえてあえて整理するのであれば、
・経営者自身が事業承継不要論を採用している
(会社経営には自分が絶対必要であるという自信、仕事が生きがいであり社長業を奪われたくないという拘りなど)
・経営者の頭の中に事業承継不安論がこびりついている
(後継候補者に意を決して声をかけたものの断られるかもしれないという恐怖、会社が抱える問題点を先に解消しないと後の者に任せられないというプレッシャーなど)
・あるいは経営者自身が事業承継不快論に寄っている
(社長引退勧告=年寄り扱いと受け止めることによる反発、今のポジションが快適であり権力を手放したくないとする執着など)
のどれか1つ以上にあると考えています。
きわめて経営者の主観・考え方の問題となるため、事業承継を必要と考える者が違う価値観で説得を図っても、余計に反発を招くだけです。
正直なところ一朝一夕で対処可能な効果的手法があるわけではなく、地道に時間をかけて話し合うことがポイントになるように思います。
②事業承継に焦りを感じるが対処しきれないケース
②については、事業承継が必要であることは頭で分かっているものの、日々の会社経営だけで精一杯であり、事業承継を熟慮する余裕がないということが多くの原因のように思われます。
この場合は、やはり経営者の業務の一部を誰かがサポートする又は業務をアウトソーシングする等の体制を構築しないことには、話が進まないのが実情です。
ちなみに、焦りを感じる原因としては、
・内的環境変化を原因とするもの
(経営者自身の健康問題が発生した、経営判断に自信がなくなってきた、身体が思うように動かなくなってきたなど)
・外的環境変化を原因とするもの
(いわゆるお家騒動を見聞きした、同世代の社長が急死した、同業他社が廃業したなど)
が考えられます。
③実は廃業したいケース
③については、事業承継というテーマの根本を揺るがすものですが、執筆者が話を聞く限り、結構な割合で廃業(自分の代で事業を終了させる)を考えている経営者が多いように感じています。
このような経営者は、事業承継を行ったところで事業に先行きがなく、事業を継いだ者が不幸になるだけと悲観的な見通しを立てていることが共通事項としてあげることができます。
こういった場合、会社全体の事業承継を考えるのではなく、事業部門ごとの承継を検討するといった提案を行いながら話を進めることが有用ではないかと考えます。
事業承継を強制する法律は存在しない以上、経営者が事業承継を行うと決意しない限り、事業承継を実行することは不可能です。事業承継が進まない理由は色々ありますが、結構な割合で上記に記載したような経営者の考え方・主観的事情が関係してきます。この経営者の考え方・主観的事情を揺るがすことができるような材料を見つけて交渉を試みることが重要ではないかと考えます。
4.後継者が抱える事業承継の3つの問題
事業承継が進まない理由として、経営者側の問題意識(主観的事情)を前述しましたが、後継者側も色々な問題意識を持っています。執筆者が思うに、大きくは次の3点に整理できるように思います。
①社長のイスを譲ってくれいない(口出しする)
②うまく会社経営を継続させることができるのか不安
③実は継ぎたくない
①社長のイスを譲ってくれいない(口出しする)ケース
①については、事業承継が上手くいかない原因としてよく耳にする話です。
周囲の心配をよそに経営者が全く事業承継に関心を示さないという事例や、口では事業承継を行うと言いながらも、なかなか経営者が事業承継のための手続きを進めない事例が典型的なものとなります。
また、形式的には後継者が代表者に就任していたとしても、前経営者が何かにつけて口を挟み、古株の従業員や取引先等の関係者も前経営者を頼りにしている状況下で、孤独感を感じた後継者が会社を去ってしまうという事例も存在します。
後継者としても覚悟を決めている以上、経営者は後継者のプライドを傷つけないように配慮することが極めて重要になると思われます。
②うまく会社経営を継続させることができるのか不安があるケース
②は、後継者自身が独り立ちできるだけの自信をいつまで経っても持てない場合や、後継者が前経営者に依存し続ける場合などで、実質的な事業承継が進まないというパターンとなります。
前経営者は徐々に一線を引いていくのが理想なのですが、後継者がいつまで経っても一人で会社経営に携わろうとしない場合、時には“獅子の子落とし”ではないですが、全てを後継者に丸投げしてしまい、経営者は雲隠れする(見えないところで支援は行う)、経営者が必死に踏ん張ることで成功体験を築き自信を持たせるといった、一種のショック療法のようなことも考える必要があるかもしれません。
③実は継ぎたくないケース
③は、近時きわめて多い事例となっています。後継候補者である子供は既に他社で実績を積み、それ相応の地位を築いているにも関わらず、あえて今の地位等を放棄してまで家業を継ぐのは抵抗があるしリスクを感じるといったことが背景にあるようです。
また経営者である親も、子供は子供の人生を歩ませてやりたいので、無理してまで家業を継いでほしいとは思わない、という考えを持つことが最近は多くなってきているようです。この場合、経営者は、従業員承継や第三者へのM&Aは一切検討していないこともあることから、事業承継は親族承継だけではないことにまずは気が付いてもらうことが肝要かと思います。
5.今すぐに中小企業が取り組むべき事業承継対策
(1)経営者の決意表明が大前提
事業承継については、税金対策や株式集中、資産の承継などテクニカルなことに関する情報や方法論にどうしても目を奪われがちですが、最初にご理解いただきたいこととして、何をするにしても一朝一夕で事業承継を完結させることができないということです。
特にテクニカルなもの以外の事項、例えば、後継指名された者の覚悟、従業員の本音、取引先等を含むステークフォルダーの意見、後継者から外された親族の心情…などの気持ちを整理するという事項は、事業承継をうまく進めるうえで意外と重要な要素となるところ、この“気持ちの整理”は時間をかけて行う必要があります。
経営者が後継者指名を行ったとしても、周囲の者の気持ちが付いていかないことには物事は動きません。経営者はこの点も考慮しながら、経営者自らが事業承継を行う決意の意思表明を行うこと、意思表明を行う前も後も周囲への気遣いを忘れないことが重要となります。
(2)官民の支援があるうちに
最初に書いた通り、国(行政)も中小企業の重要性を意識し、事業承継へのサポートに力を入れ始めています。
一例をあげると、事業承継税制の変更により税務上の優遇措置が取られていること、補助金が毎年出され、かつその金額も拡充が行われ続けていること、特別法の制定による後継ぎ紛争(相続問題)回避を図ろうとしていること等からも見て取れます。
ただ、実はこういった政策はいつまで続けられるか分かりません(例えば、事業承継税制は今のところ2023年までが申請期限となっています)。また、将来的に今以上の事業承継優遇策が実行されるかは不透明です。
したがって、優遇策があるうちに事業承継対策を開始するのが、賢い経営者と言えるのではないでしょうか。
(3)取り組むべきことの一覧
一般的に参照されることの多い中小企業庁が公表している「事業承継ガイドライン」では、次のような段取りを一覧で提案しています。
ステップ1:事業承継に向けた準備の必要性の認識
ステップ2:経営状況・経営課題等の把握(見える化)
ステップ3:事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)
ステップ4-1:事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合)
ステップ4-2:M&A等のマッチング実施(社外への引継ぎの場合)
ステップ5:事業承継の実行
これを見ても、一朝一夕で事業承継を実行することを想定しておらず、一歩ずつ時間をかけながら着実に実行することが肝要であると理解することができるかと思います。
時間がかかる以上、スタートラインに早く着けばつくほど、早く完了させることが可能となることは必然と言えます。
6.事業承継問題の相談は弁護士に相談を
事業承継問題=税務対策と考える方も多いかもしれません。
たしかに、経営者が生前中に事業承継対策を行う場合に生じる税金の圧縮、経営者が亡くなった後を想定した相続税対策は非常に重要であり、事業承継問題と税務対策は切っても切り離せない問題であることに間違いはありません。
しかし、税務対策のみ行っていれば十分という訳ではありません。
執筆者が弁護士という立場上、事業承継をスムーズに進めるために是非とも意識していただきたい法務事項について、以下で簡単に記載します。
(1)親族内承継
子供や兄弟等の身内に事業承継を行う場合です。
経営者が生前中は特に揉めることなく事業承継手続きを進めることができるのですが、経営者が亡くなった後にトラブルになりやすいという特徴があります。
最もトラブルになるのが遺留分侵害の問題です。
株式の評価額が高い場合、後継者に株式を集中させることで、どうしても他の相続人が取得する遺産は計算上少なくなり、後継者以外の相続人が不満を爆発するという例は後を絶ちません。
経営者は「まさか、そんなこと言わないだろう」と信じていることが多いのですが、残念ながら実情は異なります。
遺留分侵害の有無やその回避策については、複雑な法律論をかいくぐる必要があるため、法律の専門知識がどうしても求められることになります。
また、親族内承継の場合、遺言書を作成することも多いのですが(なお、最近では民事信託を利用することも増えているようです)、遺言書は非常に厳格な法律ルールがありますので、この法律ルールに則った上で作成しないことには、せっかくの遺言書が効力を発揮しません。
有効かつ適切な遺言書を作成するためには、法律の専門知識が必要です。
親族内承継がもめた場合、争族と呼ばれるくらい、紛争処理に大変な手間・時間・労力が生じます。
こういったことを避けるためにも、法律の専門家である弁護士を利用することが必要不可欠といえます。
(2)従業員承継
従業員承継を行う場合、ネックとなるのは従業員がキャッシュを持ち合わせているのかという点です。
なぜ従業員のキャッシュが問題となるのかというと、例えば、従業員が経営者の保有する株式を買い取る場合、余計な課税処分が行われないためにも、相当性のある対価を決めて株式売買という形式にて手続きを進めることになるのですが、株式評価額が高額の場合、後継候補者である従業員では到底払えないという事態が良く起こるからです。
後継候補者である従業員が支払えない場合、会社及び経営者が何らかの資金融通を行うのか、あるいは株式は経営者及びその親族が保有したままにしておくのかを予め決めておく必要があります。
万一、経営者及びその親族が引き続き保有する場合、後継者の地位は非常に脆弱なものとなります(株主がいつでも後継者をクビにすることができるため)。
そこで、後継候補者である従業員と親族との間で何らかの協定を定めておくこと、すなわち親族は後継者に対して経営に原則口出しをしないという約束を取り付ける必要が生じるのですが、協議の進め方や協議結果を書面化するには、やはり法律の専門知識が必要となります。
次に、従業員承継を行う場合、会社の負債に対する責任、いわゆる経営者保証の問題も考える必要があります。
要は会社の借入等に対して、後継候補者である従業員が新たに連帯保証人になることを意味するのですが、金融機関が承認するのかという問題もさることながら、従業員自身が金額の多さに委縮してしまい後継者となることを嫌がるといったことも起こりえます。
この場合、経営者保証に関するガイドラン等を駆使して、後継候補者である従業員の責任を少しでも軽減できないか検討する必要が生じるのですが、経営者保証に関するガイドラインに基づく交渉は、高度な法的専門知識を必要とすることが多いのが実情です。
他にも検討するべき事項がありますが、従業員承継の場合であっても、法律の専門家である弁護士を利用することが必要不可欠といえます。
(3)第三者承継
親族承継や従業員承継の場合、経営者という絶対的存在がありますので、経営者の意向に沿った形で事業承継手続きを進めやすい状況と一応は言えます。しかし、第三者承継すなわちM&Aの場合、合理性・妥当性が重視されるビジネス交渉となります。この合理性・妥当性の有無や内容、手続きの進め方等については、やはり法的専門知識が必要不可欠です。
また、第三者承継の場合、多数の契約書が作成されることが多いのですが、法律専門知識を用いた契約内容の検証も必要となります。
さらには、M&A仲介会社が間に入る場合、もちろんメリットもありますが、買主のみならず、M&A仲介会社との関係性についても法的専門知識を駆使して構築する必要があります。
以上のとおり、第三者承継の場合であっても、法律の専門家である弁護士を利用することが必要不可欠と言えます。
弁護士 湯原伸一 |