事業承継を弁護士に依頼するべき理由
目次
1 法務リスクの視点も忘れずに
事業承継対策については、どうしても株式や事業資産の買取資金、相続税を中心とした納税資金の準備や税金対策といったことに比重が置かれます。これ自体は重要なことですので、当然対策を講じるべきです。
しかし、以下に記述する通り、法務的視点からの対策が不十分であったがために、スムーズな事業承継が実現できなかったという事例は多数存在します。
2 経営に空白期間が発生するリスク
遺産分割協議が紛糾してしまい、経営に空白期間が発生してしまうケース
例えば、父親が全株式を保有するオーナー会社があり、相続人として実子が3人という場面を想定します。
父親が死亡した場合、遺産分割協議を行う必要があります。この遺産分割協議がスムーズにいけばよいのですが、そのような保証はどこにもありません。特に、父親の遺産がほぼ会社に関係するもの(株式、事業用不動産、会社への貸付金など)である場合、理想論としては後継者に当該遺産を単独取得させることが望ましいのですが、後継者以外の相続人は大きな不満を持つことになりかねず、協議が紛糾する可能性が高いといえます。そして、遺産分割協議が紛糾している間に半年くらいは直ぐに経過、下手をすれば数年経過している…ということもよく耳にする話ですし、筆者も経験したことがあります。
さて、万一遺産分割協議が整わなかった場合、仕方がありませんので裁判上の手続きである遺産分割の調停手続きを踏むことになるのですが、調停自体は1ヶ月半に1回程度のペースで進むのが通常です。そして、スムーズに進んでも3回くらいは調停での協議を行なうことが通例であり、むしろ5回程度は最低でも覚悟した方が良いのではないかというのが、筆者自身の個人的な感覚となります。
事業承継対策を事前に講じておくべき理由
つまり、事業承継対策を事前に講じていなかった場合、会社の基礎である株式の帰属が宙に浮いた状態となり、会社の意思決定ができない状況が数ヶ月、下手をすれば数年続くことになりかねません。経済環境変化の速い昨今において、会社としての意思決定ができない状況が続くようであれば、取引先や金融機関から見放され、最悪の場合は廃業に追い込まれる可能性さえあります。
なお、オーナー社長はよく「まさか自分の子供たちが争うわけが無い。」と言われますが、残念ながらそのような期待は甘いと言わざるを得ません。やはり実父でありかつオーナー社長である以上は権威があり、その権威のある生前中に子供たちは何も言えない状況にあることを肝に銘じるべきです。
3 株式は法定相続分どおりに当然帰属するわけではない
遺産分割手続きが整うまでは法定相続分に従って対処すれば良いのでは?
遺産分割手続きは思った以上に時間がかかるため、その期間中の経営の空白期間が生じることがリスクであることを上記2で記述しました。
しかし、遺産分割手続きが整うまでは法定相続分に従って対処すればよく、問題が生じないのでは?と反論されるオーナー社長もいます。ただ、これについては残念ながら間違いと言わざるを得ません。
よく質問を受ける事項として、株式は法定相続分に従って持分帰属しているのではという事項があります。しかし、株式については、遺産分割協議が終了するまでは準共有と呼ばれる状態になり、相続人が具体的な持分を取得しているわけではありません。前述の2で用いた事例において、父親が保有する株式総数が300株であった場合、実子たちに100株ずつ帰属するわけではありません。あくまでも300株全体に対して、実子たちが抽象的に共有しているという状況に過ぎないのです。そして、具体的な権利行使となると、権利行使者を1人選任し会社に通知した上で、その1人が代表して権利行使を行うということになるのです。
おそらくこのような勘違いが生じているのは、銀行預金について相続開始と同時に法定相続分に従って分配されるということを念頭に置いているからではないかと推測します。しかし、銀行預金と株式はもともと異なる取り扱いとなっていますし、その銀行預金さえ、平成28年の判例変更に伴い、法定相続分に従って当然に分配されるという取り扱いが否定されるに至っていますので要注意です。
さて話を戻しますが、上記のような父親が300株保有、相続人が実子3人である場合、仮に非後継者である相続人2名が共同歩調を取って、後継者以外の者を株式の権利行使者に選任した場合どうなってしまうのでしょうか。下手をすれば、後継者が役員から外される危険性さえあります。これでは事業承継どころではないことは明らかです。
4.まとめ
上記のようなトラブル事例は一例にすぎません。また、弁護士の立場から指摘するとすれば、トラブルが生じてから相談を受けても、対処法が相当限られており、オーナーの思い通りに事を進めるのは困難であるという実情です。
弁護士はトラブルが起こってから相談するもの…という意識ではなく、事業承継対策を講じるのであれば必ず弁護士も関与させる、というお考えを是非持っていただければと思うところです。
弁護士 湯原伸一 |